日本の教育制度と教育実践
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1 T 日本の学校制度の概要 T 日本の学校制度の概要
(解説書)


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2 T 日本の学校制度の概要 T 日本の学校制度の概要 3
4  日本の学校制度は、戦前の複線型(分岐型)から、戦後アメリカの影響を受けた教育改革により、単線型に転換した。この学校体系を「6・3制」というのは、単に義務教育年限を6年から9年(6+3)に延長したというだけではなく、初等教育学校と中等教育学校が単線型として接続したことを意味している。
 だが日本社会の発展、高度化により、非義務教育学校への進学率が飛躍的に増大し(教育爆発)、画一的な学校制度では学習者の実態に対応できなくなり、高等専門学校や中等教育学校の設置等、単線型学校制度を一部修正する制度改革も進められてきた。
 日本は制度の法定主義が徹底し、現在学校教育法第1条に規定する10種の学校が「正系」の学校とされている。だが生涯学習社会に向けた学校の制度改革が進められ、社会教育、学校外教育との連携や「融合」が課題となり、それに向けた教育における規制緩和や制度運用の弾力化が進められている。
T 日本の学校制度の概要 T 日本の学校制度の概要  複線型学校制度は、歴史的には社会的に最も高度な学問・研究の場たる「大学」(最高学府)から、その予備門(文法学校)へと、「上から下へ」構築された系統と、近代に入って庶民を対象に読み書き等の基礎教育を行う学校とが並立するものを指している。これに対して単線型学校制度は、この下構型学校系統と上構型学校系統が統一されたものをいい、複線型学校系統が貴族社会、階級社会をもったヨーロッパに認められたのに対して、アメリカ合衆国を典型としている。
 19世紀末から20世紀初頭にかけて、教育の民主化を求める声が大きくなり、複線型学校系統から単線型学校系統への転換が統一学校運動として展開されたが、最初は初等教育段階のみが一本化され、その移行段階として両系統の中間形態として分岐型学校系統をもつに至った。その後、中等教育段階に移り、義務教育制度が前期中等教育段階も含めて確立され、単線型学校系統へと移行してきたが、義務教育と高等教育を繋ぐ後期中等教育学校の在り方が、その系統性と段階性から問われている。
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 「単線型」としての日本の学校体系を図示したもの。
 基本は小学校−中学校−高等学校−大学(6−3−3−4)という単線型となっているが、高等専門学校(1961年)、中等教育学校(1998年)の制度化によって修正された。だがそれをもって「複線型」になったとはいえず、学習者の選択肢を多くし、学校系統の多様化が図られたといえる。
 またこの学校体系に関わって就学前教育における教育機関としての幼稚園と保育施設としての保育所の一元化や、義務教育後学校における「飛び級」制度の導入等の在り方が問われている。
日本の幼稚園、小学校、中学校、高等学校
6  幼稚園は、「幼児を保育し、適当な環境を与えて、その心身の発達を助長することを目的」とする幼児のための文部科学省の所管する「教育施設」であり、3歳児から5歳児を対象としている。学校の設置は国、地方公共団体、学校法人のみに認められているが、幼稚園については、当分の間、それ以外に宗教法人や個人についても認められている。
 就学前の乳児又は幼児を対象として、厚生労働省が所管する福祉施設が「保育所」である。
 日本の現行制度では、就学前の子どもに対して、その年齢、保育時間、保育内容、教員資格、そして所管庁と、幼稚園と保育所が二元化している。幼稚園、保育所の地域的偏在や母親の就労状況の変化、また少子化による施設維持の行財政的効率性等の観点から、両者を一元的なものにしていく「幼保一元化」が課題とされている。現在に至る過程で、幼稚園教育要領と保育所保育指針の共通化や両施設の同一敷地内での合築が認められ、また「構造改革特区」としての行政の一元化が進められてきている。
T 日本の学校制度の概要 T 日本の学校制度の概要  幼稚園の園数は、1985年の15,220をピークに減少し、現在14,279園となっている。このうち約1割が私立であり、また私立幼稚園のうち約15%は法人立ではない。園児数は1978年の約250万人をピークに減少に転じ、現在その約7割となっている。幼稚園への就園率は1979−81年度の64.4%をピークにして減じ、現在は59.9%になっている。これは少子化の進行によるものと同時に保育所への入所者数の増加にもよっている。なお保育所は、現在およそ22,000所、入所者数で180万人と幼稚園児と等しい数となっている。
 幼稚園には3歳から就学年齢まで入園できるが、現在は2年保育の4歳児就園が最も多く、次いで1年保育の5歳児就園、そして3年保育の3歳児就園の順となっている。幼稚園の本務教員数は国公私立合わせて11万人弱であるが、女子が9割以上となっている。
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 前掲のように、幼保一元化の動きがあるものの、幼稚園と保育所はその目的の違いなどから制度的に二元化されている。幼稚園が3〜5歳児を対象とするのに対し、保育所は0歳から就学前までの子どもを対象としている。
 だが少子化が進行し、両者の統合が市町村の財政効率上、求められてきた。また地域的には保育所への待機者が解消しないことなどもあり、幼稚園での夕方までの長時間預かり保育を文部科学省が認めるようになった。こうしたことから制度として幼保の二元性を解消することが求められている。
 幼稚園の保育は、4時間が標準とされており、午前中だけの場合や昼食をとった後に帰宅させる場合が普通である。
 保育内容は文部科学大臣の定める幼稚園教育要領に従っているが、その基本は環境による教育、遊びを中心とするものが基本である。だが1998年の改訂においては、幼稚園から小学校への接続による「生きる力」の育成が重視され、幼稚園教育における計画性や教師の役割が強調された。
8  小学校は「初等普通教育を施すことを目的」として設置される義務教育学校であり、国、地方公共団体、学校法人が設置できる。国立大学の附属と私立を除き、ほとんどが市町村の設置によるものである。だが「構造改革特区」制度によって「株式会社」等による設置も認められようとしている。
 学校の管理と経費負担は、学校教育法によりその設置者に委ねられるが、義務教育学校については、その国民形成における共通性の確保や教育水準の維持向上のため、国や広域地方公共団体としての都道府県が権限と責任を分担している。(次項参照)(学校教育法→Y−6)
 小学校の教育課程は、学習指導要領に基づき、教科(国語、社会、算数、理科、生活、音楽、図工、家庭、体育)、道徳(→W−44〜48)、特別活動(→W−49〜63)そして総合的な学習の時間(→W−64〜68)によって編成される。2002年度からの改訂学習指導要領により、総合的な学習の時間での英語を使った学習も認められ、また学校裁量の拡大により「特色ある学校づくり」が進められている。
T 日本の学校制度の概要 T 日本の学校制度の概要  小学校の数は、現在約24,000校であるが、この99%は公立−市町村立である。児童数は約724万人、本務教員数は約41万人となっているが、義務教育でほぼ100%の就学率である小学校は、子どもの出生数によってその規模を変化してきた。学校数では、ピーク時(1955年)の約88.6%であるが、児童数ではピーク時(1960年)の約57.5%と、ほぼ半減するに至っている。だが本務教員数については、7次に及ぶ定数改善によって逆に1960年度との比較で約14%の増員となっている。
 また本務教員数に占める女子の比率は62.6%となり、一貫して増え続けている。
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 公立小学校の管理は、その設置者たる市町村の教育委員会に委ねられているが、教職員管理(人事行政)と教育課程管理(指導行政)を中心に国(文部科学省)と都道府県(教育委員会)が重層的に権限を行使している。(重層構造)
 教職員は、市町村の職員という身分をもちながらも、その任免を含む人事権と定数、給与負担は都道府県に委ねられ(県費負担教職員制度→U−28)、市町村教育委員会は人事に関する都道府県教育委員会への内申権と服務監督権をもつのみである。また国(文部科学省)は義務教育費国庫負担制度により、 県費負担教職員の給与の実額2分の1を負担している(→U−32)。教育内容については、2002年からの改訂学習指導要領により大幅に学校の裁量が認められたが、 学習指導要領の基準性や教科書検定の枠組みは維持されている。都道府県教育委員会は多くの場合、「基準教育課程」を編成し、また小規模市町村にはその指導主事による 指導行政も担っている。
 2002年から全面実施された学習指導要領により新設された「総合的な学習の時間」は、その時間数のみ定められ、その内容や方法は全て学校の裁量とされた。具体的には国際理解、情報教育、福祉、人権が4つの柱とされ、小学校(3年次以上)から高等学校までで実施されている。
 写真は、JICAの研修生と大学の留学生を小学校に招いて、交流会を開いているもので、学年に応じたゲームや文化紹介などを行っている。
10  戦後の教育改革により、義務教育が6年から9年に延長され、前期中等教育を担う義務教育学校として、旧制の国民学校高等科と青年学校を統合する形で中学校が設置された。中学校は、「中等普通教育を施すことを目的」とし、初等普通教育機関としての小学校教育を基礎に国民として必要な資質の育成、職業についての基礎的な知識、技能や勤労の尊重、進路選択能力の育成、社会的活動による感情の統御と公正な判断力の育成を目的としている。(学校教育法→Y−7)
 義務教育を担うことにおいて、中学校での教育内容は共通のものたることが求められるが、卒業後の進路選択や思春期における自我の形成に必要な内容を生徒に選択させるために選択教科が設けられている。
 なお公立(市町村立)中学校の管理の基本は同じ市町村立義務教育学校としての小学校に同じである。
T 日本の学校制度の概要 T 日本の学校制度の概要  中学校の数は、現在約11,000校であるが、この約93%が公立−市町村立である。義務教育機関であることから市町村立学校がほとんどであるが、私立も6.2%を占めている。私立校のほとんどは高等学校に接続し、中高一貫教育を前提として設置されている。 生徒数は約386万人、本務教員数は約25万人であり、そのうち女子は40.7%を占め一貫して増え続けている。小学校と同様に少子化の影響を受け、学校数では、ピーク時(1955年)の約81.1%であるが、生徒数ではピーク時(1965年)の64.8%にまで減少している。
 義務教育としての最終学校ではあるが、高等学校への進学率は97.0%に達し、また専修学校等への進学者を合わせると97.7%が継続して学校教育を受けている。
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 公立中学校の管理は、その設置者たる市町村の教育委員会に委ねられているが、教職員管理(人事行政)と教育課程管理(指導行政)を中心に国(文部科学省)と都道府県(教育委員会)が重層的に権限を行使している。(重層構造)
 教職員は、市町村の職員という身分をもちながらも、その任免を含む人事権と定数、給与負担は都道府県に委ねられ(県費負担教職員制度→U−28)、市町村教育委員会は人事に関する都道府県教育委員会への内申権と服務監督権をもつのみである。また国(文部科学省)は義務教育費国庫負担制度により、県費負担教職員の給与の実額2分の1を負担している(→U−32)。教育内容については、2002年からの改訂学習指導要領により大幅に学校の裁量が認められたが、学習指導要領の基準性や教科書検定の枠組みは維持されている。都道府県教育委員会は多くの場合、「基準教育課程」を編成し、また小規模市町村にはその指導主事による指導行政も担っている。
 中学校は義務教育学校であると同時に中等教育学校としての性格をもっている。このため教育課程についても、全体として全ての生徒に共通であることを基本とするが、同時に多様化する生徒の興味・関心や能力に対応することが求められている。習熟度別学習(→Y−35)も広く取り入れられてきたし、特に選択教科を設定することにより、それに対応しようとしている。
12  中等教育機関としての中学校と高等学校は、中等教育としての共通性や高等学校への進学率が97%にもなる状況において、前者が義務教育機関として公立校は市町村が設置し、後者は非義務教育機関として公立校は主に都道府県が設置し、両者の連続性が保障されてこなかった。またこれまでに「全入運動」があったものの、高等学校への入学には学力検定が必要とされ、中学校教育への弊害が問題とされてきた。他方で、私立学校では中学校と高等学校を一貫したものが多く、都市部では「公立離れ」が進んできた。
 こうしたことから、1998年に学校教育法の改正により、10番目の1条校として設置されたのが中等教育学校である。それは修業年限を6年とし、前期課程3年と後期課程3年とに分けられ、課程の途中において中学校、高等学校へ転編入することは可能であるが、6年一貫の教育課程を特徴としている。
T 日本の学校制度の概要 T 日本の学校制度の概要  中等教育学校の設置が1999年であることから、その学校数、生徒数は少ない。だが各府県で設置の動きも見られ、また中−高の連携だけでなく、幼−小、小−中の連携が具体的な課題とされつつあることから、今後その設置も加速化することが予測される。
 制度を作るに当たって論議されたように、設置数が限られる場合、それが受験のための「エリート校」になることも危惧され、事実一部の公立校について加熱した志願状況が認められる。設置する教育委員会の慎重な取組が望まれるところである。
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 中高一貫教育としては、上掲のa.b.c.3類型が認められ、いずれも教育課程の編成において特例が認められる。この一貫教育を徹底するために、新しい学校制度として設定されたのが中等教育学校であるが、公立学校の場合、中学校と高等学校を設置している政令市を除いて、前者が市町村に、後者が都道府県に設置されることから、c.の連携型以外は新たにいずれかを開設することになる。教員制度や財政措置が大きく異なることから、一般市町村が開設することには困難が多い。連携型については、市町村立と都道府県立、国立と都道府県立の連携が認められる。
 なお学校間を繋いで、子どもの学習を円滑に進めることの必要性が問われ、この中−高の連携だけでなく、幼−小、小−中、高−大の連携、一貫教育の検討が進められようとしている。
 既存の中学校と高等学校を統合して中等教育学校を設置するには、既に同じ敷地に両者が開設されているなど、「物理的な条件」が必要とされる。この写真は、日本で初めて開設された中等教育学校で、同じ敷地内に中学校と高等学校を新たに建設したものである。
14  戦後の教育改革により、9年間の義務教育に継続する単一の後期中等教育を担う機関として設置されたのが(新制)高等学校である。その後、高等専門学校や専修学校、また中等教育学校が制度化され、義務教育後の教育機関は多様化してきたが、高等学校自体もその就学率の向上や生徒の多様化により、制度的枠組みを多様にしてきた。
 制度設定時においては、いわゆる「高校3原則(小学区制、男女共学制、総合制)」が制度的な枠組みとされたが、その後見直しが進み、制度自体が多様化してきた。制度的な類型としては、a.授業の開設形態による全日制−定時制(昼間、夜間、昼夜)−通信制、b.修了認定形態による学年制−単位制(大学に準じた単位制以外は、学年制と単位制を併用)、 c.主たる専攻による普通教育学科−専門教育学科−総合学科、d.教育のレベルの違いによる本科−専攻科(本科卒業後1年)−別科(中学卒業後1年)、 に分けることができる。専門学科のほとんどは職業学科であり(他に理数科、英語科、美術科等)、職業学科は農業科、工業科、商業科、水産科、家庭科、 看護科となっている。 (学校教育法→U−37)
T 日本の学校制度の概要 T 日本の学校制度の概要  中学校から高等学校への進学率は現在97%に達し、高等学校教育は義務教育に準じたものとなっているが、義務教育ではない後期中等教育としての性格から、生徒の多様化から多様な「受け皿」を用意することが求められてきた。それは専門課程(職業学科、総合学科)の多様化や単位制高校の設置としてなされてきたが、他方で経済の高度化による「勤労学生」のための「定時制」高校のニーズの減退や「不登校」のための「通信制」の必要性増大も生じ、多様であるだけではなく柔軟な制度運用も必要とされてきた。
 また3分の2に近い者が大学、短大、専修学校等の第3段階教育機関に進学する状況となり、生徒の適性、能力に応じた進路保障、進路指導も大きな課題となってきている。
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 義務教育学校終了後、中学校卒業後に継続して学校教育を受ける者は、97.7%に達し、その学習者のニーズ、状況に応じた教育の提供が求められるようになった。このためこれまでの中学校−高等学校というメイン・ストリームに加えて、高等専門学校前期課程、中等教育学校後期課程、専修学校(高等課程−高等専修学校)、各種学校という多様な機会が設定されるようになった。また高等学校自体も、90%を越える進学率を踏まえて、これまでの「全日制−定時制」「普通課程−職業課程」という枠組みでは進学者の多様性に対応できず、総合学科や単位制高等学校の設置を促進してきた。  高等学校の専門学科−職業学科は、農業科、工業科、商業科、水産科、家庭科、看護科の6学科の下に様々な小学科が置かれ、その合計は400以上になっている。
16  高等専門学校は、その名称が旧制の専門学校や専修学校の専門課程を指す専門学校と類似しているが、全く別の学校である。日本が高度経済成長過程に入る段階で、「テクニシャン」レベルの技術者要請が産業界から強まり、1967年に設置された。高等学校段階に相当する3年間と短期大学段階に相当する2年間を合わせもつが、5年一貫の技術教育を効率的に実施できる面がある一方で科学技術の高度化、産業界の人材要請の高度化により「中級技術者」に固定化される面があることも否定できない。
 また学校教育法制定以後に加えられた学校種であり、後期中等教育と高等教育の単線型接続の例外的制度となり、設置当初は卒業後に大学への編入学が事実上困難であったことからも単線型学校体系の複線化が危惧された。その後、教育制度の柔軟化、高等教育の多様化が進み、現在では解消されている。
 最初の3年間の教育内容が高等学校に準じたものとして扱われるが、学習指導要領に相当するものがないこと、また高等教育機関として位置づけられるが、その教育組織や管理運営組織が教授会を置かないなど大学と大きく異なっており、後期中等教育と高等教育の性格を合わせもつとともに制度的性格が不明瞭となっている。
T 日本の学校制度の概要 T 日本の学校制度の概要  高等専門学校の設置数は1985年以降変化していない。全体の約9割が国立であり、公立や私立は限られている。学生数もほぼ一定しているが、卒業者の大学等への進学率はT−26でみた制度改正を契機に急増し、以降一貫して増大してきた。現在では三分の一強が進学するに至っている。 17
 日本の学校制度上、高等専門学校がもつ最大の問題点は、戦後の教育改革によって実現した民主的な6−3制単線型学校体系に複線型の要素を持ち込んだことである。後期中等教育に相当する3年間と前期高等教育に相当する2年間の5年間を一貫する教育課程は、単線型学校体系における高等学校と大学、短期大学のそれと対応関係をもつことができず、高等学校卒業者の編入学、また高等専門学校卒業者の大学への編入学を困難にしてきた。つまり6−3−3−4制の単線型学校体系の「外側」に位置する学校として「袋小路」の状況に置かれていた。
 この問題は、産業構造の高度化による高等専門学校卒業者の大学への編入学希望の増大によって深刻化したが、高等専門学校で修得した単位を大学での学修にみなすという大学設置基準の改正により解消されるに至った。つまり学校制度の「複線化」から「教育機会の多様化」「選択の拡大」へと転ずることになったが、 このことは逆に高等専門学校の社会的存立の意義を問うことにもなった。
@東京都立航空工業高等専門学校
A校章
B科学技術展示館
C応用物理実験(航空工学科、4年生)
18  「大学」は、学校教育法においては「短期大学」「大学院」と合わせて一つの学校種とされている。少子化の進行−「18歳人口」の減少により、この3種の関係が変化しつつある。既に中等教育後の就学率が7割近くに達している状況で、また学生数が大学で7割以上、短大で9割以上、私立に在籍する状況で、学生の確保は深刻な経営問題となっている。短期大学の廃止や4年制大学への転換が進み、また就職状況や学生のニーズに応じた専門領域の再編、そして国立大学の再編統合と法人化という改革や専門職大学院の開設等がこの大学−高等教育の量と質の両面を問うものとなっている。
 こうした一連の大学改革は、高度化した日本の経済や情報化、国際化に大学が対応することから求められ、これまで「入るに難しく、出るに易しい」といわれた日本の大学の特質を転換し、高等教育費の効果的配分を含めて、その評価システムと自律的な経営の確立を課題としている。
T 日本の学校制度の概要 T 日本の学校制度の概要  大学の数は一貫して増えてきたが、国立大学についてはその統合により2003年度以降減じていく。また短期大学については1995年以降、大学への転換や吸収、また廃止も含めて減少してきている。大学の学生数については、現在に至るまで増え続けてきているが、今後は進学率の頭打ちと18歳人口の減少によって減少に転じていくことは確かである。また短期大学の学生は、1995年をピークに急激に減少し、現在ではほぼ半減している。だが逆に大学院生はこの10年間で倍増し、専門職大学院の開設等もあって増加傾向にある。
 教員数については、学生数との比率において、国公立と私立との格差が大きい。国立が教員1人当たり学生10.2人、公立が同じく10.8人であるのに対して、私立は24.6人となり、国公立の教員が大学院担当を兼任する率が高いことや私立が文系学部の多いことを考えても、問題を残している。
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 これまで日本の大学は、国立、公立、私立(学校法人立)の3形態において設置され、その法的性格も明確に識別されていたが、国の行財政改革において、国家公務員の削減や大学の質的向上と資金の効率的配分が課題となり、2004年4月より全ての国立大学がその設置形態を変え、「国立大学法人」の下に設置される。教職員が公務員ではなくなり、その会計制度も企業会計制度となる等、私立に近い経営管理がなされるようになる。
 国立大学法人の経営管理は、図で示したように、学長を中心とする理事−役員に委ねられ、監事や経営協議会で二分の一以上となる学外委員の学外者の関与が大きくなり、これまで教育研究だけではなく、人事や財務についても権限をもっていた「教授会」による経営管理は大きく変わることになる。
 6年単位で目標、計画を立て、自律的な経営が期待されているが、文部科学省の関与や個々の法人の経営管理能力など危惧される面も少なくない。
 大学の入学試験は、国公立と私立とでは大きく異なっている。国公立は大学入試センター(独立行政法人)が 実施する試験の結果をもとに、その後各大学が個別の試験を2度行う。私立は基本的に各大学の個別の試験によっているが、近年大学入試センターの試験を 利用する大学が増加してきている。2004年度の試験からは私立の短期大学も参加している。
20  特殊教育−障害児教育は、戦後「教育を受ける権利」の確認により、正規の学校体系に位置づけられ、学齢児童生徒については義務教育が保障された。だがその整備は必ずしも順調ではなく、養護学校の義務化は1979年となった。この間、障害児教育の実態や考え方は多様になり、健常児に対する教育と別の場や機会、方法をもってそれを保障するというものから、社会における両者の共生を促進、保障する観点から統合教育−インテグレーションが必要とされ、さらには現在、社会におけるより普遍的なその在り方を実現するためのノーマライゼーションが課題とされている。
 とりわけ近年の重複障害の増加や障害の多様化により従来の設定では対応が困難となり、これまでの学校、学級、指導の設定を再編成し、特別支援教育という新しい概念をもって、それらのニーズに対応するセンターとしての機能をもつ複合的な学校も構想されている。
T 日本の学校制度の概要 T 日本の学校制度の概要  学校数については、盲学校、聾学校はほとんど変わっていないが、養護学校は1979年の義務化を契機にそれ以降増え続けている。児童・生徒数については、盲学校、聾学校は1950年代に比しておよそ3分の1程度まで減少してきているが、これは児童・生徒の絶対数の減少だけではなく、医学・医療の進歩によって盲聾障害をもつ子どもの減少もある一方で、重複障害の増加により養護学校への入学者が増加してきたことにもよっている。養護学校の児童・生徒数は、その学校数と同様に1979年以降増加してきているが、義務化による未就学者の減少、解消や重複障害の増加、また新たな障害のカテゴリーの設定にもよっている。
 教員数は、3種類いずれの学校におけるその絶対数の増加だけではなく、児童・生徒数との比率においても増え続け、教員1人当たりの児童・生徒数は盲学校で1.14人、聾学校で1.37人、養護学校で1.62人となっている。
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 特殊教育−障害児教育に関わる学校制度は、法的に3つに分けられている。盲学校、聾学校、養護学校の3種であり、都道府県にその設置が義務づけられている。またその障害の程度により、普通学校の中に特殊(障害児、育成)学級が設けられ、障害の種別によって知的障害、肢体不自由、身体虚弱、弱視、難聴、その他の6種がある。統合教育−インテグレーションの観点から、普通学級に在籍し障害に応じた指導を行うために通級指導教室が設けられ、さらに重度の障害のため通学が困難な場合には教師が家庭に出向いて指導する訪問教育も行われている。 @スクールバスによる登校児童・生徒。毎朝、教員が全員で出迎えている。
Aスクールバス以外の方法で登校している児童・生徒。
22  専修学校、各種学校は、学校教育法第一条の規定する正系の学校でなく、なおかつ同法がその条文において設置や課程について定める学校である。つまり個人の開く塾等とは異なり、非正系の制度的学校である。一条校がその設置者を原則として国、地方公共団体、学校法人に限定しているのに対して、専修学校、各種学校はそれ以外のものでも設置することができる。
 専修学校は、各種学校の中で一定の規模や水準を有するものとして位置づけられ、技術や資格、また教養文化を広く提供するために、後期中等教育や高等教育のレベルにおいて学習の機会を拡大するものとして制度化されたものである。
  (→U−36)
T 日本の学校制度の概要 T 日本の学校制度の概要  専修学校はその制度化の段階で(1976年)、各種学校を母体として1,000校弱が設置され、その後増え続けてきたが、ここ数年間は一定数に止まっている。各種学校は、その一部が専修学校に転換し設置数を減じたが、その後現在に至るまで一貫して減少してきている。
 学生数については、専修学校は少子化により1993年以降、減少に転じたが、一定数を維持している。各種学校は専修学校設置以前の6分の1以下にまで減少している。
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 専修学校は、その学生・生徒の資格において高等、専門、一般の3つの種別に分けられ、その最も高いレベルの専門課程(2年以上の修業年数)の修了者には大学への編入学が認められるようになった。高等課程が高等学校に、専門課程が大学に制度的同等性をもつに至ったといえる。また近年は、大学、短大卒業後の入学者や、大学、短大に在籍する者の入学も増加し、生涯学習社会における多様な教育機会を提供するものとなっている。
 専修学校は、文部科学省令として定められる「専修学校設置基準」において一条校に準じた基準が求められている。
 @専門学校校舎、A製図ソフトを学習する建築学科の学生、Bグラフィックデザイン学科の学生、C福祉情報学科の実技室、 D自動車工学科:各学科でコンピュータは基本技能となっている。
 Dの写真の右奥が教室で、左側は車のディーリングルームを模している。このように、専門学校では最新技術への対応だけでなく、販売に関わる指導も行われるなど、人材養成の幅広いニーズに答えている。
24  日本の近代化に教育が大きく貢献してきたことは、諸外国の評価においていわれている。だが明治に至るまでの社会システムの整備が日本の近代化、封建時代から近代国民国家への転換をスムースにできたし、教育においても庶民の教育機関としての寺子屋の普及と世界でも有数の識字率の高さが近代公教育制度の確立に大きく寄与した。日本における近代公教育制度の確立、整備は、明治初期の欧米先進諸国のモデル導入から初代文部大臣、森有礼による日本型システムの形成、そして義務教育の無償化とそれによる就学率の向上を基盤とした義務教育年限の延長、という3つの段階を経ることにより、 およそ明治期になされた。その後は「天皇制国家主義」を強化しつつも、教育の目的、価値観の国家による統制を枠組みとすることにより、その枠内における目的 〔富国強兵と近代資本主義国家の確立〕の効率的実現を図り、政治的、経済的に均質的な国民形成を実現してきた。だが第二次世界大戦に向けた教育の軍国主義化が進み、 教育における極度のイデオロギー統制と合理性の喪失により、教育そのものが破綻するに至る。敗戦後は、アメリ力の指導の下に、教育の民主化に向けた改革がなされ、 教育における国民主権、教育権保障が確認され、戦後の社会改革・社会発展に貢献するものとなった。 T 日本の学校制度の概要
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